創立の背景
私は20歳の時、中国・瀋陽から日本へ来ました。
その後、日本語学校、大学、大学院を経て、日本で就職し、帰化を経験し、
現在は行政書士として活動しています。
また、外国人支援や在留制度に関する実務にも携わってきました。
日本で生活してから、まもなく30年になります。

この長い時間の中で、
私は日本社会と外国人を取り巻く環境が大きく変化していく様子を、
現場で見続けてきました。
かつて、日本に来る外国人の多くは留学生でした。
学校で学びながら、
日本語や生活習慣、人との距離感、
社会のルールを少しずつ理解していく時間がありました。
しかし現在は、就職、経営、技能実習、特定技能など、
多様な背景を持つ外国人が日本社会の中で生活する時代になっています。
その中で、言葉や制度、生活習慣の違いなどにより、
相互理解に時間が必要となる場面も少なくありません。
「共生」について考える
私は、日本社会に長く暮らしてきた一人として、
また外国出身者として、
双方の立場をある程度理解できるからこそ、
「共生」という言葉について、
改めて考える必要があると感じるようになりました。
私たちが考える「共生」とは、
単なるスローガンではありません。
お互いを理解しようとする姿勢。

相手の生活環境や文化を尊重しようとする気持ち。
そして、自分自身を客観的に見つめ直すこと。
そうした積み重ねの上に、
初めて成り立つものだと思っています。
自由と相互理解
私自身、日本で法律を学ぶ中で、
「思想・良心の自由」
という考え方に深い印象を受けました。
人の内心は、本来、誰からも強制されるべきものではありません。
何を考え、何を信じ、どのような価値観を持つかは、
その人自身の尊厳に深く関わるものだと思います。
だからこそ、
自分の考えや信条が尊重されるべきであるのと同じように、
他者にもまた、思想や良心の自由があることを忘れてはならないと感じています。
考え方、信仰、宗教、文化的背景が異なる人同士が同じ社会で暮らす以上、
すべてを一致させることはできません。
大切なのは、
自分と異なる考え方を持つ相手を、
すぐに否定したり、
自分の考えを一方的に押し付けたりするのではなく、
まず相手の存在を認めることではないでしょうか。
「自由」とは、
単に自分のしたいことをすることだけではなく、
他者の自由もまた尊重することによって成り立つものだと思います。
互いに配慮し、一定のルールを尊重しながら、
違いを抱えたまま共に生活していくこと。
それこそが、
共生社会において大切な姿勢なのではないかと考えています。
日本社会と日常
日本には、日本の社会があります。
長い時間をかけて築かれてきた生活習慣、公共意識、秩序、
そして「静かな日常」を大切にする文化があります。
朝、マンションで管理人さんと挨拶を交わすこと。
電車の中で周囲に配慮すること。
外で食事をする時には、
自然と「いただきます」と言葉にすること。
道を尋ねた際に助けてもらったら、
「ありがとうございます」と感謝を伝えること。

また、自分が誰かに迷惑をかけてしまった時には、
「すみません」「ごめんなさい」と素直に謝ること。
そうした何気ない言葉の積み重ねによって、
人と人との距離は少しずつ近づいていくのだと思います。
公園で散歩や運動をしている人と目が合った時、
笑顔で軽く挨拶を交わせば、
相手もまた自然に笑顔を返してくれる。
そうした小さなやり取りの積み重ねが、
日本の日常を支えているのではないかと感じています。
地域のルールを守りながら生活すること。
そうした一つ一つの積み重ねによって、
日本社会の日常は支えられているのだと思います。
言葉とコミュニケーション
一方で、日本で暮らす外国人にも、
それぞれ事情や背景があります。
不安や孤独を抱えながら生活している人も少なくありません。
また、日本で生活していく中では、
完璧な日本語よりも、
「相手と関わろうとする気持ち」のほうが大切な場面も多いように感じています。
勇気を出して話しかけてみること。
たとえ片言の日本語であっても、
笑顔や態度によって、
相手に気持ちは十分伝わることがあります。

もちろん、
朝の通勤時間に急いでいる会社員を呼び止めて、
ゆっくり故郷の話を始めるのは、
少し難しいかもしれません。
けれども、
教室で勉強する時。
買い物をする時。
地域で生活する時。
「日本語が完璧ではないから怖い」
と思って黙ってしまうのではなく、
まずは相手と向き合ってみようとする勇気が、
大切なのではないかと思います。
実際には、
言葉そのものよりも、
緊張して相手の目を見られなかったり、
恥ずかしさから何も言えなくなってしまったりすることで、
お互いに誤解が生まれてしまうことも少なくありません。
だからこそ、
小さな挨拶でも、
短い会話でも、
少しずつ相手と関わろうとする姿勢が、
大切なのではないかと感じています。
対話と理解
だからこそ、必要なのは対立ではなく理解であり、
排除ではなく対話だと私は考えています。
日本で生活するということは、
単に日本社会の中で利益や便利さを受け取るだけではなく、
自分自身も社会の一員として、
「自分はこの社会に何を返すことができるのか」
を考え続けることでもあるのではないかと思います。
LAB設立の目的
日本国際共生と教育研究LABは、
そうした考えのもとに立ち上げました。
このLABでは、
■ 公開されている制度情報の整理
■ 日本社会に関する基礎知識の共有
■ 教育・生活情報の発信
■ 共生に関する学習・研究
などを通じて、
外国人と日本社会の相互理解に少しでも役立つ活動を目指しています。

私たちは、
何かを一方的に教える立場でも、
誰かを裁く立場でもありません。
ただ、長く日本社会の中で生活してきた経験を通じて、
「互いを理解しようとする姿勢」の大切さを、
静かに共有していきたいと考えています。
これから
異なる文化を持つ人同士が共に生きる時代だからこそ、
相手を知り、
自分を見つめ直し、
対話を続けていくこと。
それが、
これからの社会に必要なことではないかと、私は考えています。
ともに学び、
ともに理解を深めていく社会へ。
日本国際共生と教育研究LAB
創立者 友栄 権一(ともえい けんいち)